無名鬼日録

読書にまつわる話を中心に、時事的な話題や身辺雑記など。

2018-08-01から1ヶ月間の記事一覧

遺稿詩集『むねに千本の樹を』

私の義兄は平成一五年(2003) 七月八日、五七歳の生涯を閉じた。正体不明の自己免疫疾患(グッドパスチャー症候群)に冒され、一〇〇日に渡る闘いの末の無念の死だった。七回忌を迎えた年に、姉と子供たちが遺稿詩集を上梓した。 義兄は、山口県の瀬戸内の海…

「大ちゃん」の思い出

豆腐鍋で親しまれた居酒屋「大ちゃん」の二代目店主、古野光一さんが亡くなって六年になる。間口一間の店はとうになくなり、隣の焼き肉屋が店を広げた。繁昌亭の効果か、天神橋筋商店街は活気を取り戻し、最近はインバウンドのおかげで賑わいを見せている。 …

辺見庸とチェット・ベイカー

新宿のジャズスポット「DUG」のカウンター。ひとりの男が、左手でコーヒーカップを持ち上げている。黒いシャツと破れたジーンズ、メタルフレームの眼鏡、そしておなじみのキャップ。頬はすこし痩せてはいるが、眼光の鋭さは健在だ。 『PLAYBOY』(平成二十年…

『槐多の歌へる』

村山槐多の詩文集『槐多の歌へる』(2008講談社文芸文庫)。その巻頭には、彼の代表作である「庭園の少女」と、「尿する裸僧」のカラー口絵が付いている。平成十年頃だっただろうか、私は夭折画家たちの作品収集で名高い長野県上田市の「信濃デッサン館」を…

中上健次の手紙

月例で行っている読書会で、中上健次の『岬』と『枯木灘』を取り上げた。久し振りに再読して、初めて彼の小説に出会った頃の感動を思い出した。『岬』が第七四回の芥川賞を受賞したのは昭和五一年(1976)。戦後生まれで初の芥川賞受賞と話題になった。 『岬』…

「元気出さな」

遊びをせむとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ動がるれ 『梁塵秘抄』 『遊びをせむとや生まれけむ 遊びの水墨画』は、平成二一年(2009)一〇月に亡くなった青野健さんの遺稿作品集である。住み親しんだ奈良の地を愛…

入澤美時さんの思い出

一期一会。 たった一度の出会いだが、忘れられない人がいる。その人の思想に深い共感を覚え、時代に抗して格闘する姿を遠望してきた。平成二一年(2009)に急逝した入澤美時さんは、そんな人だ。 病に倒れる直前までWEBで連載された、スローネットのインタビ…

『彼女のいる背表紙』

『彼女のいる背表紙』(2009マガジンハウス)は、堀江敏幸のエッセイ集である。あとがきによれば、これらの四八編は平成一七年(2005)から二年の間、女性誌「クロワッサン」に連載されたものだ。『回送電車』シリーズも忘れがたいが、堀江のエッセイは、一…

ジャズより他に神はなし

平成二一年(2009)七月九日、平岡正明が亡くなった。享年六八歳。その日の朝日新聞夕刊に、四方田犬彦が追悼文を寄せていた。平成十三年(2001)の夏、四方田は平岡の著作が一〇〇冊に達した記念に、『ザ・グレーテスト・ヒッツ・オブ・平岡正明』を編み、…

父の軍歴証明 二

父は、昭和二一年(1946)一月十七日、東部ニューギニア・ウエワク沖の武集(ムシュウ)島から病院船「高栄丸」で横須賀浦賀港に帰還した。昭和一四年三月の出征以来七年間日中戦争、太平洋戦争に現役兵として従軍した父が所属した「野戦機関砲第二五中隊」…

野田正彰の問い

毎年八月が近づくと、新聞やテレビを筆頭に各メディアは年を重ねる毎に減り続ける戦争体験者の声や、その体験の継承について特集する。今年は戦後七三年で、実際に戦場にかり出された戦争体験者の多くは九〇歳を超える。私はこの時期になると必ず思い出す本…

「便水願います」

自分からは見ることはできないが、相手からは見られている。ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』に出てくる監禁システム、ベンサムの考案した「一望監視施設」(パノプティコン)は、そんな不安の原因を明らかにしている。 現在の状況は知るよしもないが、一九…

関川夏央・讃

あくまで私は一人の読者に過ぎないが、なぜか特別の親近感を持ってその作品に接する作家が何人かいる。荒川洋治、桐山襲、佐藤泰志、永山則夫、村上春樹たち。作家ではないが、私の二十歳の誕生日に自ら命を絶った高野悦子も忘れ難い。共通するのは昭和二四…

「Who I Am」

鮎川信夫の『宿恋行』に「Who I Am」という詩がある。 まず男だ これは間違いない 貧乏人の息子で 大学を中退し職歴はほとんどなく 軍歴は傷痍期間を入れて約二年半ほど 現在各種年鑑によれば詩人ということになっている 不動産なし 貯金は定期普通預金合わ…

父の軍歴証明-一

民俗学者・宮本常一のことばに「記憶されたものだけが、記録にとどめられる」とあるそうだ。これを捩って、「記録されたものだけが、記憶にとどめられる、と言ってみたい気がする」と書きつけたのは、私が敬愛する編集ライターの森ひろしさんだ。その一節は、…