無名鬼日録

読書にまつわる話を中心に、時事的な話題や身辺雑記など。

2018-09-01から1ヶ月間の記事一覧

三浦雅士の漱石論

三浦雅士が渾身の書『出生の秘密』(2005講談社)を世に問うた時、その本が言及するスケールの大きさには圧倒された記憶がある。私たちの読書会でも取り上げ、日本の近代文学の新たな解読なのだろうかと議論を交わした。三浦が俎上に載せた主な作家と作品は、…

『荒地の恋』

平成一九年(2007)九月に上梓された、ねじめ正一の『荒地の恋』は、赤裸々でスキャンダラスな描写も多々あり、『荒地』の同人たちも実名で登場するなど話題になった。上梓の直後には重松清が朝日新聞の書評で取り上げた。 「たった、これだけかあ」と心の中で…

鶴見俊輔『悼詞』

平成二〇年(2008)に編集グループ〈SURE〉から刊行された『悼詞』は、この半世紀あまりの間に書かれた鶴見俊輔の追悼文集だ。巻頭には「無題歌」として一遍の詩が掲げられている。 人は 死ぬからえらい どの人も 死ぬからえらい。 わたしは 生きているので …

星野智幸『焔』

星野智幸の『焔』(2018新潮社)は、九つの短篇を十の掌篇でつないだ作品集だが、このほど「第五四回谷崎潤一郎賞」を受賞した。本の腰巻きには「連関する九つの物語がひとつに燃えあがる。」と謳われている。彼の小説とは、平成二三年(2011)に第五回大江…

マリオ・ジャコメッリ

白、それは虚無。 黒、それは傷痕だ。 イタリアの写真家マリオ・ジャコメッリの言葉だ。彼は、一九二五年にイタリア北東部のセニガリアで生まれ、アマチュア写真家として独自の世界を築き上げて二〇〇〇年にその生涯を閉じた。 ジャコメッリの作品のほとんど…

磯﨑憲一郎の文芸時評

NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」を観ていて、どうしても覚えてしまう違和感、という表現では足りない、ほとんど憤りにも近い感情の、一番の理由は、芸術が日常生活を脅かすものとして描かれていることだろう。漫画家を目指すヒロインは、故郷を捨て…

落暉と青木先生

「雲こそ吾が墓標 落暉よ碑銘をかざれ」 阿川弘之の『雲の墓標』に出てくるこのエビグラフは、主人公である海軍予備学生吉野次郎が、特攻出撃にあたり、友人鹿島に宛てた遺書の一節である。某日、居酒屋を出て大正橋の欄干にもたれ、川を渡る風に吹かれてい…