無名鬼日録

読書にまつわる話を中心に、時事的な話題や身辺雑記など。

『エヴリシング・フロウズ』

六十年代までのジャズならともかく、音楽に疎い私には縁遠いものだが、ロック音楽の世界には、オルタナティブ・ロックというジャンルがあるらしい。「エヴリシング・フロウズ」という曲は、そのオルタナ・ロックバンドであるティーンエイジ・ファンクラブが、一九九〇年に発表した初のスタジオアルバム『カソリック・エデュケイション』に収められている。YouTubeで聞いてみると、音質が悪いその一方で、ノスタルジックな既視(聴)感にとらわれるのも事実だ。

 

津村記久子の『エヴリシング・フロウズ』は、大阪の大正区を舞台に高校受験を控えた中学三年生の少年少女たちの一年を描いた作品だ。『ウエストウイング』(朝日新聞出版、二〇一二年)では小学生だったヒロシは、思春期を迎えて年相応の悩みを抱えているが、少年らしい正義感も併せ持つ。口数の少ないヤザワや、絵の上手な増田、ソフトボール部の野末などの女子たちも、大人びた雰囲気のある、それぞれが魅力的な存在だ。津村はこれまでも、『まともな家の子供はいない』(筑摩書房、二〇一一年)や『とにかくうちに帰ります』(新潮社、二〇一二年)で少年少女たちを描いてきた。津村は東京新聞Webのインタビューに答えて、本作について「自分の小説の中で、一番出来がいいように思う」と手応えを話し、こう続けている。

 この作品で、初めて挑戦したことの一つが「かっこいい男の子を書くこと」。

いじめの標的になったヤザワがそうだ。嫉妬が元で、悪意ある噂を流されても、無口でわが道を行く。器の大きさを感じさせる魅力的な存在に仕上がった。「これまでは、かっこいい男の子が一人も出てこなかったんです。女の子ならいると思いますけど。でも書けば書くほど普通の子になったなあ、と」。

 津村は、『君は永遠にそいつらより若い』(原題はマンイーター)でデビュー以来、理不尽な暴力や弱いものいじめに対する怒りを表現してきた作家だ。本作でも、いじめや幼児虐待に立ち向かう少年少女たちの日常を、時にはユーモアたっぷりに優しい眼差しを持って描く。爽やかな読後感の快作だ。