無名鬼日録

読書にまつわる話を中心に、時事的な話題や身辺雑記など。

三浦雅士の漱石論

三浦雅士が渾身の書『出生の秘密』(2005講談社)を世に問うた時、その本が言及するスケールの大きさには圧倒された記憶がある。私たちの読書会でも取り上げ、日本の近代文学の新たな解読なのだろうかと議論を交わした。三浦が俎上に載せた主な作家と作品は、…

『荒地の恋』

平成一九年(2007)九月に上梓された、ねじめ正一の『荒地の恋』は、赤裸々でスキャンダラスな描写も多々あり、『荒地』の同人たちも実名で登場するなど話題になった。上梓の直後には重松清が朝日新聞の書評で取り上げた。 「たった、これだけかあ」と心の中で…

鶴見俊輔『悼詞』

平成二〇年(2008)に編集グループ〈SURE〉から刊行された『悼詞』は、この半世紀あまりの間に書かれた鶴見俊輔の追悼文集だ。巻頭には「無題歌」として一遍の詩が掲げられている。 人は 死ぬからえらい どの人も 死ぬからえらい。 わたしは 生きているので …

星野智幸『焔』

星野智幸の『焔』(2018新潮社)は、九つの短篇を十の掌篇でつないだ作品集だが、このほど「第五四回谷崎潤一郎賞」を受賞した。本の腰巻きには「連関する九つの物語がひとつに燃えあがる。」と謳われている。彼の小説とは、平成二三年(2011)に第五回大江…

マリオ・ジャコメッリ

白、それは虚無。 黒、それは傷痕だ。 イタリアの写真家マリオ・ジャコメッリの言葉だ。彼は、一九二五年にイタリア北東部のセニガリアで生まれ、アマチュア写真家として独自の世界を築き上げて二〇〇〇年にその生涯を閉じた。 ジャコメッリの作品のほとんど…

磯﨑憲一郎の文芸時評

NHKの連続テレビ小説「半分、青い。」を観ていて、どうしても覚えてしまう違和感、という表現では足りない、ほとんど憤りにも近い感情の、一番の理由は、芸術が日常生活を脅かすものとして描かれていることだろう。漫画家を目指すヒロインは、故郷を捨て…

落暉と青木先生

「雲こそ吾が墓標 落暉よ碑銘をかざれ」 阿川弘之の『雲の墓標』に出てくるこのエビグラフは、主人公である海軍予備学生吉野次郎が、特攻出撃にあたり、友人鹿島に宛てた遺書の一節である。某日、居酒屋を出て大正橋の欄干にもたれ、川を渡る風に吹かれてい…

遺稿詩集『むねに千本の樹を』

私の義兄は平成一五年(2003) 七月八日、五七歳の生涯を閉じた。正体不明の自己免疫疾患(グッドパスチャー症候群)に冒され、一〇〇日に渡る闘いの末の無念の死だった。七回忌を迎えた年に、姉と子供たちが遺稿詩集を上梓した。 義兄は、山口県の瀬戸内の海…

「大ちゃん」の思い出

豆腐鍋で親しまれた居酒屋「大ちゃん」の二代目店主、古野光一さんが亡くなって六年になる。間口一間の店はとうになくなり、隣の焼き肉屋が店を広げた。繁昌亭の効果か、天神橋筋商店街は活気を取り戻し、最近はインバウンドのおかげで賑わいを見せている。 …

辺見庸とチェット・ベイカー

新宿のジャズスポット「DUG」のカウンター。ひとりの男が、左手でコーヒーカップを持ち上げている。黒いシャツと破れたジーンズ、メタルフレームの眼鏡、そしておなじみのキャップ。頬はすこし痩せてはいるが、眼光の鋭さは健在だ。 『PLAYBOY』(平成二十年…

『槐多の歌へる』

村山槐多の詩文集『槐多の歌へる』(2008講談社文芸文庫)。その巻頭には、彼の代表作である「庭園の少女」と、「尿する裸僧」のカラー口絵が付いている。平成十年頃だっただろうか、私は夭折画家たちの作品収集で名高い長野県上田市の「信濃デッサン館」を…

中上健次の手紙

月例で行っている読書会で、中上健次の『岬』と『枯木灘』を取り上げた。久し振りに再読して、初めて彼の小説に出会った頃の感動を思い出した。『岬』が第七四回の芥川賞を受賞したのは昭和五一年(1976)。戦後生まれで初の芥川賞受賞と話題になった。 『岬』…

「元気出さな」

遊びをせむとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子供の声聞けば 我が身さへこそ動がるれ 『梁塵秘抄』 『遊びをせむとや生まれけむ 遊びの水墨画』は、平成二一年(2009)一〇月に亡くなった青野健さんの遺稿作品集である。住み親しんだ奈良の地を愛…

入澤美時さんの思い出

一期一会。 たった一度の出会いだが、忘れられない人がいる。その人の思想に深い共感を覚え、時代に抗して格闘する姿を遠望してきた。平成二一年(2009)に急逝した入澤美時さんは、そんな人だ。 病に倒れる直前までWEBで連載された、スローネットのインタビ…

『彼女のいる背表紙』

『彼女のいる背表紙』(2009マガジンハウス)は、堀江敏幸のエッセイ集である。あとがきによれば、これらの四八編は平成一七年(2005)から二年の間、女性誌「クロワッサン」に連載されたものだ。『回送電車』シリーズも忘れがたいが、堀江のエッセイは、一…

ジャズより他に神はなし

平成二一年(2009)七月九日、平岡正明が亡くなった。享年六八歳。その日の朝日新聞夕刊に、四方田犬彦が追悼文を寄せていた。平成十三年(2001)の夏、四方田は平岡の著作が一〇〇冊に達した記念に、『ザ・グレーテスト・ヒッツ・オブ・平岡正明』を編み、…

父の軍歴証明 二

父は、昭和二一年(1946)一月十七日、東部ニューギニア・ウエワク沖の武集(ムシュウ)島から病院船「高栄丸」で横須賀浦賀港に帰還した。昭和一四年三月の出征以来七年間日中戦争、太平洋戦争に現役兵として従軍した父が所属した「野戦機関砲第二五中隊」…

野田正彰の問い

毎年八月が近づくと、新聞やテレビを筆頭に各メディアは年を重ねる毎に減り続ける戦争体験者の声や、その体験の継承について特集する。今年は戦後七三年で、実際に戦場にかり出された戦争体験者の多くは九〇歳を超える。私はこの時期になると必ず思い出す本…

「便水願います」

自分からは見ることはできないが、相手からは見られている。ミシェル・フーコーの『監獄の誕生』に出てくる監禁システム、ベンサムの考案した「一望監視施設」(パノプティコン)は、そんな不安の原因を明らかにしている。 現在の状況は知るよしもないが、一九…

関川夏央・讃

あくまで私は一人の読者に過ぎないが、なぜか特別の親近感を持ってその作品に接する作家が何人かいる。荒川洋治、桐山襲、佐藤泰志、永山則夫、村上春樹たち。作家ではないが、私の二十歳の誕生日に自ら命を絶った高野悦子も忘れ難い。共通するのは昭和二四…

「Who I Am」

鮎川信夫の『宿恋行』に「Who I Am」という詩がある。 まず男だ これは間違いない 貧乏人の息子で 大学を中退し職歴はほとんどなく 軍歴は傷痍期間を入れて約二年半ほど 現在各種年鑑によれば詩人ということになっている 不動産なし 貯金は定期普通預金合わ…

父の軍歴証明-一

民俗学者・宮本常一のことばに「記憶されたものだけが、記録にとどめられる」とあるそうだ。これを捩って、「記録されたものだけが、記憶にとどめられる、と言ってみたい気がする」と書きつけたのは、私が敬愛する編集ライターの森ひろしさんだ。その一節は、…

『現代日本名詩集大成・全十一巻』

昭和四十年(1965)の春、私は高校生になった。中学生の頃から人並みに文学に目覚め、教科書に取り上げられた近代詩に親しみはじめていたが、初めてのアルバイトで得たお金で買ったこの詩の叢書に出会って強い衝撃を受けた。 それは主に、第十巻に収められた鮎…

『詩集TURN・TABLE』

高校生となった昭和四十年(1965)の秋、私は友人たちと語らって『鞦韆』と題した同人詩誌を発行した。創刊号は模造紙にガリ版刷り、B5版二十ページの体裁だった。誌名の「鞦韆」は、もとより蘇軾の七言絶句「春夜」からだ。 春宵一刻値千金 春宵 一刻 値千…

夢千代日記・名シーン

表日本は雨の日でも明るい。 裏日本は晴れの日でも昏い。 ドラマ『夢千代日記』でリフレインされるこのような表現は、現在では使用がためらわれる言葉となっている。主人公の夢千代(吉永小百合)や芸者金魚(秋吉久美子)をはじめ、渋い演技でドラマを彩る…

映画『山桜』

平成二十年(2008)に映画化された篠原哲雄監督「山桜」は、ヒロイン野江を田中麗奈が、手塚弥一郎は東山紀之が演じる。原作の「山桜」は、昭和五六年(1981)に青樹社から刊行された藤沢周平の短篇集『時雨みち』に収録され、現在は新潮文庫に収められてい…

木山捷平『酔いざめ日記』

今年は木山捷平の没後五十年ということで、岡山市の吉備路文学館で特別展が開催されている。宣伝の惹句にもある通り、その作風は「飄々、洒脱、そしてユーモア」と評されるが、実生活の木山は短気で怒りっぽく、妻のみさおを手こずらせた男だったそうだ。木…

「青梅雨」

十九日午後二時ごろ、神奈川県F市F八三八無職太田千三さん(七七)方で、太田と妻のひでさん(六七)養女の春枝さん(五一)ひでさんの実姉林ゆきさん(七二)の四人が、自宅六畳間のふとんの中で死んでいるのを、親類の同所一八四九雑貨商梅本貞吉さん(四七)がみつ…

詩のことば

荒川洋治の『過去をもつ人』が、みすず書房から上梓された。これは、『夜のある町で』(一九九八)、『忘れられる過去』(二〇〇三)、『世に出ないことば』(二〇〇五)、『黙読の山』(二〇〇七)、『文学の門』(二〇〇九)に続く、みすず書房版としては…

「風天」の句

俳優・渥美清は、二〇〇六年(平成十八年)八月四日に亡くなった。今年は没後二十周年で、テレビの世界でも追悼番組が企画され、今夜放映された『寅さん、何考えていたの?~渥美清・心の旅路』(BSプレミアム)もそのひとつだ。 渥美清は、一九七〇年(昭和四五…